広島の稽古について
私が広島の稽古に帰るようになりましたのは、 今から10年ほど前になります。 それまでは、私の父が藤舎楽秀という名前でお稽古をしておりましたが 脳血栓で倒れてからはもう稽古は無理と判断し、 それ以来稽古に帰るようにしました。 もともと、父にはお弟子さんがいた(当たり前ですが)ので そのまま後を引き継ぐようにしてみましたが、 とはいっても、まだわたしは30歳を出たばかりでお弟子さんは 皆様年上です。 どのように接していけば失礼がないか、とかいろいろ考え、 ときにはおろおろしたこともありましたが 取りあえず今に至っております。 私はとんでもなく若輩者でしたから(今でもそうかも?) お弟子さんの方々からいろいろ教えていただきました。(今でもそうです) 特にお世話になりましたのは、父の代からのお弟子さんで 石井写楽さん(写楽とはご自分で付けられた名前です) 何にも分かっていない私の手を取るようにいろんな事を 教えてくださいます。 ; その頃の私ではもう一つ理解が出来ておらずせっかく教えて くださっているのに申し訳ないなぁと思うことばかりでした。 それと、しばらくお稽古場として部屋をお借りし、なおかつ いろいろご忠告をしてくださった佐川八重子さん。 本当にお世話になりました、もちろんほかのお弟子さんにも 助けていただいております。 私自身、東京が主流であるためなかなか広島へ帰ることが ままならずお稽古できない月があったりして皆様には 申し訳なくおもっておりますが、それでもなんとか浴衣会や 演奏会などさせていただいております。 この演奏会(浴衣会も含め)を邦楽のつどいと称していますが 来年は第6回を迎えることとなりました。 この会は長唄や民謡・その他、自由演奏などを主にして いろんなことへ挑戦しています。 お弟子さんに何かやってみたいものはないかと相談してみたり 自分も何かやってみようと考えたりしてますが、 これはこれでとても楽しく、ある時はエレキギターと締め太鼓の 激しいやり取りや、またある時は日本の笛と大太鼓と鼓.締め太鼓 でのセッションなどいろいろです。 広島で生まれ広島で育ち、両親とも広島生まれの 広島っ子なのでこの地に私が知っているものを ほんのちょっとでも伝えることが出来ればと思い、 そして願いながらお稽古に帰っている次第です。 これを読んでくださった方の中にもし、日本の打楽器って なんだろうとか、生の音ってどんな音なんだろうとか 思ってくださる方がいらっしゃれば、どうぞ遠慮なく 掲示板なり、お問い合わせなりでご連絡下さい。 楽しみに待っております。